初めて秦嶺を歩こうとした日のことは、今でもよく覚えている。山にすら行けなかった。土曜の朝、混雑に流されるまま韋曲南駅の外で間違ったバスに乗ってしまい、四十分後、私が見ていたのは松ではなく、農家の人が柿を荷車へ積む姿だった。二回目に仕組みを覚えてからは、話が変わった。西安の南の地平線に迫る山並みは、一度分かってしまえば、それまで気づかなかった扉のように開けていく。
秦嶺は中国の背骨だ。小麦を作る北と、米を作る南を分ける山脈で、西安は関中平原の縁にある。この街の何が特別かといえば、地下鉄から二時間以内に本物の尾根とトレイルが待っていることだ。何年ものあいだ盗んだ土曜日を積み重ね、この山域のいちばんいい部分を歩いてきた。ここで紹介するのは、何度も通うことになった四本のコースである。
なぜ華山ではなく秦嶺なのか
華山は絵はがきになり、桟道があり、夜明けの観光客で賑わう。秦嶺はその正反対だ。森の静けさ、せせらぎ、車の音を二十分も聞かずに歩ける道がある。紹介する日帰りコースは入場料がほとんど約¥60〜70、公共交通で行けて、長い午後で往復できる。夜明けに出発する必要も、数日前のバス予約もいらない。
どのコースにも共通する鉄則は、朝早く街を出ること。午前九時までに登山口に立ち、午後四時までに歩き終え、まだ陽が残っているうちに帰りのバスに乗る。

街からの出方
どのトレイルも次の二パターンのどちらかに収まる。翠華山と驪山は地下鉄で近い場所にあり、太平と楼観台は城南の長距離バスターミナルから出るバスを頼る。バスが頼りなく感じるなら、市街地から配車アプリで約¥120〜150で登山口まで行ける。三人で割ればもう高くはない。
出かける前に一つだけ確認したいことがある。山の天気は別世界だ。西安が晴れていても尾根の上は霧の海ということがある。市内ではなく、行き先の県の予報を見てほしい。
翠華山:定番
最初に勧めるのは翠華山だ。地質学的に珍しく、何千年も前の巨大な地滑りが谷をせき止めて湖を作り、そのくぼ地に天池が浮かんでいる。家ほどの岩を縫うように登ると、頂上で待っているのは、端に麺の屋台が並ぶ緑の静かな水面だ。入場料は約¥70、余裕を持った周回コースで三〜四時間かかる。
行き方はこの日いちばん簡単だ。地下鉄2号線の終点・韋曲南へ行き、駅を出たバス停から905番バスで南へ約四十分揺られる。四本のなかでいちばん人気があるので、午前中には登山口が混み始める。早めに出るか、週の半ばを狙おう。

驪山:気軽な一本
ほかの三本が遠征のように感じるなら、驪山は報われる散歩だ。臨潼の華清宮の真裏に立つ山で、定番の動きはロープウェイ(往復約¥60)で上がり、尾根を歩いて風化した烽火台まで行くこと。伝説では、周の王が后を喜ばせるため偽りの狼煙を上げ、本物の警報が来たとき国を失ったとされる。物語はおそらく作り話だ。しかし眺めは本物だ。頂上から西へ目をやれば関中平原が一望でき、晴れた夕方には西安の明かりがグリッド単位でともっていく様子を追える。
行き方は地下鉄9号線の華清池駅で降り、徒歩十分かシャトルで山の入口へ。ロープウェイの頂上付近では野生の猿に注意。バックパックを器用に開けてしまうので、おやつは奥にしまおう。

太平国家森林公園:滝
太平は渓谷沿いのハイキングで、一キロごとにご褒美が待っている。道のそばの川はどんどん高度を落とし、それぞれの滝には名前と、下に水遊びのできる深みがある。園内には八つの名前付きの滝があるといわれ、最後の幅広い滝が登ってきた価値を確実に感じさせてくれる。入場料は約¥60、入口から一番上の滝までの往復は、途中で泳ぎに寄るならしっかり五時間かかる。寄るべきだ。
いちばんの季節は七月。西安が照りつける時期でも谷は涼しい。城南バスターミナルからのバスは本数が少ないので、着いたら帰りの時刻をメモしておこう。さもないと、切符売り場のスタッフの知り合いに交渉して乗せてもらう羽目になる。
楼観台:道教の静けさ
楼観台はハイキングというより、標高付きの巡礼だ。老子がここで道徳経を著したという伝承があり、二千年近く道教の中心地として続いてきた。参道は本堂の境内を越え、風が通ると雨のように音を立てる竹林へ、さらに古い展望台まで続く。入場料は約¥70、本堂の裏手の森の尾根まで歩けば、一日たっぷり使える。
四本のなかでいちばん静かで、土曜の午後でも上のトレイルを独り占めできたことがある。華山では絶対にありえないことだ。城南バスターミナルから周至方面のバスに乗り、楼観台で降ろしてもらうよう頼む。運転手は停留所を知っている。
山歩きの基本ルール
- 天気は急変する。空が青くても、シェルジャケットを一枚持っていこう。
- 秦嶺は水源保護地だ。直火は禁止、ゴミは持ち帰る。
- 道は整備されているが、案内板は中国語のみ。圏外になる前にオフラインマップを保存しておこう。
- 水と塩気のあるものを携帯する。主要ルートの売店は午後早めに閉まる。
- 驪山の猿には餌をやらない。どんなに愛嬌があっても。
ヒント
- できれば八時前に韋曲南を出発。平日は九時半を過ぎるとバスが減る。
- 現金はほとんど不要。山頂の麺の屋台でも微信支付(WeChat Pay)と支付宝(Alipay)が使える。
- 太平に行くなら替えの靴下を持参。濡れた足で最後の一時間は長く感じる。
- 出発前に大気汚染指数を確認。市内がかすんでいる日は、山の上も灰色の日になりがちだ。
- 一泊二日しかないなら翠華山を。景色に対する労力の比率がいちばん高い。
- 冬は雪のあとに閉鎖されるトレイルがある。事前に電話で確認するか、県の観光アカウントをチェックしよう。
帰りのバスは夕暮れの韋曲南へ向かってガタゴトと走り、私はあの初めての失敗を思い出していた。間違ったバスが計画を乗せたまま走り去っていくのを眺めた日のことだ。秦嶺はどこへも行かない。二億年前からここにある山で、来週の土曜日も、そこにいる。